なっちゃんの部屋

新卒1年目。日々の自身の葛藤や学びを残していきます。

小学校の教員になろうと思った理由②

 

私はもう一つなりたい。と思っていた仕事があります。

 

社会教育に携わる仕事。

 

ほら、よくある感じでしょ?

私つまらん人間なんです。笑

 

(ちなみに生まれ変わったらなりたい職業はラジオのパーソナリティです。)

 

ボランティアでいろんなことを経験しました。

半日程度の学習支援ボランティアから

自然体験活動の支援ボランティア

国の機関に派遣されて、とある3箇所の県へいったこともあります。

 

そんな経験をしていると、

社会教育って素敵やん。

ってなるわけです。

のめり込んでしまったわけです。

 

でものめり込んでた自分に対して

疑問を持ち立ち止まったことがありました。

 

学生ボランティアながら、

職員さん側として事業に携わったときです。

 

受付で子どもたちを迎え入れる。

名前を聞く。

お金をもらう。

しおりと名札を渡す。

 

淡々とそれを繰り返していた時、

ふと、お金に目がいきました。

 

あ、これ、お金取ってるんだ…。

 

その後子どもたちを見ました。

 

この子たちは、ここに

「来てくれた」子どもたちなんだ。

その後ろには

「来させてくれた」親がいる。

 

宿泊の準備をするにも大変です。

費用だってかかるし、

山奥まで送迎が必要な場合もあります。

またそのような体験活動に意欲的な子ども

そのような情報に敏感な親

 

その条件をクリアしてきた家族が

ここに来ていると思うと、

なんだか不思議な気持ちになりました。

 

学校教育は公教育。

枠があり、社会教育より自由はきかないかもしれない。

でも…なあ…

 

そんな思いを抱いたまま

大学四年間行き続けたボランティア交流会へ参加。

(詳しいことはまたいつか。)

 

そこで出会った学生と今の話をしました。

彼は社会教育に携わる人間としてやっていきたい。

でも、私と同じ思いを抱えてました。

 

社会教育と学校教育がもっと手を取り合ったらいい。

だから、これから社会教育に携わる人間と

学校教育に携わる人間がこうやって知り合い

語り合うってすごい意味があるんじゃないか。

 

彼とはそのように話しました。

 

私は、学校教育は

 

すべての子どもたちと出会える

 

という他には変えられない良い点があると思ってます。

 

色んな背景を抱えてる子がいます。

そこの土地に住んでいる全員が抱えてる問題だってあります。

 

そんな子どもたちに手を差し伸べることができる。

そしてもっと学校が、教員が外に開くことで

何か変えられることがあるのではないか。

そう感じました。

 

大学四年間で私は今住んでるところや全国各地で

そのようなことを共感し悩める仲間を見つけることができました。

 

実際教員になり、宿泊研修でお世話になった先でも再会があり

非常に密に連絡を取り合ったり、実際に活動をするとき

手を取り合いながら子どもたちの体験活動を支援することができました。

 

宿泊研修の計画を立てるとき、

どうしても、学校の都合で決めてしまったり。

逆にようわからんから宿泊施設に丸投げ。

みたいなことがあるんだなあ。と

正直実感しました。

 

でもそれもよくわかります。

だからこそ、いろんな繋がりをつくれた自分が

うまく間に入っていきたい。と、

教員になってからも強く感じました。

 

この話題はここまで!

ありがとうございました!

 

 

小学校の教員になろうと思った理由①

 

先生という職業を目指してたとはいえ

校種は悩みました。

 

幼稚園もいいけど、

浪人した経験を活かすのに

高校の先生になりたい。

そう思いました。

 

しかし、大学に行くと周りは小学校を目指す仲間ばかり。

 

全教科教えるとか無理だなあ。

そんな責任負えるかなあ。

なんて弱気なことを思っていたので

自分が小学校の教員になるとは思っていませんでした。

 

大学3年生の夏。

5週間の教育実習に入ろうとしている時でした。

ここで小学校の教員に自分がなりたいと思うのか。

探してこよう。そう思って実習に臨みました。

それが見つけられなければ、

どうして小学校の教員なの?

そう聞かれた時何も答えられないし

何も軸のない先生になってしまうと思ったからです。

 

実習へ行きました。

可愛らしい子どもたち。

そして全てが尊敬で神に見えた指導教官。

決して楽しいだけの日々ではなかったけど、

一言で言えば楽しかった。

 

ある日、小学校の教員になろうと思った出来事がありました。

 

算数「水のりょう」の単元をやっていました。

研究授業前にやったミリリットルの授業が大失敗

子どもたちが混乱させたまま授業を終えてしまったのです。

次は研究授業なのに…

子どもたちに申し訳ない気持ちでいっぱい。

少し沈んだ気持ちで給食を食べていた時でした。

 

 

先生!!見て!!牛乳に200mLって書いてる!!

 

本当だ!何dLだ?

 

あのおっきな容れ物(1Lますのこと)の目盛り二つぶんかな?

 

 

 

あ、凄い。

 

 

私の拙い授業ではありました。

それでも子どもたちはmLと出会い

今まで目の前にあった牛乳から

mLを見つけたのでした。

 

私はその光景を見て、

 

あ、さっきの45分で子どもたちは世界を広げたんだ。

 

そう思いました。

 

昨日まであった牛乳に書いてあったmLはただの文字だったのに、

それが、あの45分で意味をもった。

 

こんな瞬間にこれからも出会いたい

こんなふうに子どもたちと共に世界を広げていきたい

 

そんな世界を広げていく子どもたち

どうせなら楽しく広げさせてあげたい。

凄い、こんなに自分の周りの世界って

色んなもので溢れてるんだ!と

 

そんなキラキラした子どもたちの目を

これからもずっと見ていきたい。

 

そう思ったのでした。

 

 

これが「小学校」の教員になりたかった一つの理由です。

 

 

実はもう一つあります。

それはまた次の記事で。

ありがとうございました!

 

努力って報われないんじゃん!

 

先生という職業にはずっと憧れを抱いていました。

(今はそれに疑問を抱いているけども)

 

自分が幼稚園に通ってる頃、

担任の先生が大好きで、

子どもながら、こんな幼稚園の先生になりたい!

なんて思って、そんな想いを高校3年生まで抱いたのでした。

 

熟成させた想いをぶつけた大学の推薦入試

その大学は中学の頃から行きたいと思ってました。

なのに、結果は不合格。

推薦入試三ヶ月前にコロンと大学を変えた同じ高校の子は合格。

 

でも、別に落ち込むことはなくすぐに一般入試へ気持ちをシフト

 

なんだろう、こんなに想いを持って、

勉強も頑張って、

落ちるわけないと思ってたんですね。

田舎の女子高生の私は。

 

まあ、お見事にセンター試験こけました。

 

それでも受かると思って受けた前期試験。

やっぱりダメでした。

この時はじめて落ち込みました。

 

努力って何?ってその時思いました。

AKB48のとあるメンバーの一人が言ってた

 

努力は必ず報われる!!

 

あんなの、嘘だ。

って絶望したのを覚えてます。

 

田舎出身の女の子。

高校も定員割れ。

そんな高校に3位以内で合格して

それからも成績をキープして

挫折という経験をしていなかったんですね。

 

4月から自分はどこに行くの?

と、真っ暗になった先の道を

歩こうともせずに布団に潜ったのを覚えてます。

 

行きたくもない大学のパンフレットに目を通し、

やっぱりやだ。諦めたくない。と思って

ボーダーが120点も離れているのに

推薦前期と受けた大学の後期入試へ。

 

でも不安があったんです。

推薦で落とされたってことは

私の人間性に問題が?

先生という職業を追い続けてきた自分に

何か間違いがあったのかな?って。

 

だからもう一度同じ場で確認したかった。

 

後期は受からせてください!というより

 

おい!私を落とした大学よ!

後悔させてやるからな!!

でもでも、私やっぱりなんかだめなとこあった?

 

みたいな気持ちで受けました。

恐ろしい子だ。笑

 

結果は不合格でしたが、

面接の点数は200点満点中189点。

 

うん、今までやってきたことは間違ってない。

 

ただ、自分に足りないことは

 

慣れてない場で自己開示すること。

 

推薦の時はできてなかったと思いました。

(そしてこれ、今でもなかなかできない)

 

そうして、田舎を出て一人寮生活で浪人しました。

この一年間は辛いけど、楽しかったです。

振り返れば楽しい思い出がたくさん出てきますし、

その時の仲間とは今でも連絡を取り合います。

でも、戻りたいとは思いません。笑

 

そんな一年間を経て4回目の挑戦で、

中学から夢見ていた大学に合格したのでした。

 

 

努力は報われないときもある。

 

 

報われないときは、やっぱりどこかで

なにかが足りないんだ。って思いました。

努力したのに!って自分で思っているうちは

ダメなんだなあと、この時学んだのでした。

 

結果的に報われなくても

報われないことで得ることがあるので

努力は無駄になりません。

結果が伴って報われる。のか

努力をして自分が納得したなら報われる。のか

 

努力が報われる。

 

って言葉は簡単には言えないほど

色んな意味を含んでいると思います。

 

 

ここでもし大学にストレートで受かっていたら

子どもには

 

努力したら必ず報われるよ!頑張れ!

 

って、無責任なことを言っていたと思います。

 

努力の密度とか、報われるってどういうことかを知らずに。

 

 

ということで、この話題はここまで。

ありがとうございました!

はじめまして、なっちゃんです!

 

はじめましての方も、

ツイッターで知ってる方も、

こんにちは!

なっちゃんです。

 

新卒一年目。

自分の実践を書けるくらい何かをやってるわけではありません。

やりたいことはたくさんあるのですが…

やりたいことをやれる環境ではないのです。

でも、そんなの言い訳だということに気づいてしまいました。 

 

実際にやれる環境ではないにしても、

小さいことでもしっかり意図と意志を持って

やることを増やしていきたいと思ってます。

 

少しでも何か実践できたら、

目に見える形で残したい。

 

また実践できないことでも、

いつかできるだろうと信じて

ここに残したい。

 

そんな思いではじめてみました。

 

また、学生時代は(自分で言うのはあれだけれども…)色々やっていたので

その経験を振り返って今の自分に還元していくためにも

記事に書くことがあると思います。

 

「発信」にはほど遠いブログになりますが、

 

将来の自分への発信

 

というのも少し念頭に置きつつ

これから更新していきます。

 

よろしくお願いします!!